被害者が加害者にされる、
こんあことがあっていいのか。社会的地位が低いと犯罪者にでっちあげられる日本社会。
彫師の須藤は27歳の誕生日、6時に早上がりの当番で、仕事が終わって、
線路脇を母親の待つアパートへ急いでいた。
初夏の7月、日が落ちようとしていたがまだあたりは薄暗かった。
ハタチ前後の若い酔っぱらいが数人、須藤とすれ違った。
すれ違いざま、須藤と肩が触れるや否や、すごい剣幕で須藤に、
「おい、何すんじゃこの野郎」というが早いか、須藤に殴りかかってきた。
須藤が手で振り払うと、男はよろけて倒れこんだ。
それを見た仲間が、
「この野郎」と大声を上げて、
一斉に須藤を取り囲み、
胸ぐらをつかむもの、
顔をめがけて殴りつけるもの、
足で膝蹴りにするものなどで、
瞬く間に地を流してうずくまってしまった。
たまたまうずくまった須藤の手の届くそばには、
鉄パイプや角材などの鉄の廃材が廃棄されて山になっていた。
須藤は、鉄の角材を握ると、数人に殴りかかっていった。
相手の数人もそれぞれが鉄の角材を握ると須藤に殴りかかったのである。
須藤は中学、高校と剣道をやっていたが、剣道の型なんてもんでなく、
ただただ振り回していただけで、
向かってくる角材数本をよけてはいたが打撃を受けている。
しかし相手も須藤の振り回す角材があたり血を流している。
見る見る血の海である。
それを見ていた通行人は、須藤の刺青を見て、ヤクザが素人に切りつけていると思い、
携帯から、、そう言って110番したのである。
5分もして警察官が数人現れた頃には、
須藤も相手の何人かから鉄の角材などで殴られて打撃をうけていたが、
相手の打撃のほうが大きかったのである。
警察の現場検証では、最初に須藤がやられる現場を見た証人は現れず、
須藤が数人に殴りかかって、相手が防戦している証言しかありません。
須藤の話を警察も検察も信用しません。
須藤の刺青をみて、
「おめえよ、テエした刺青をしてるじゃないか、どこの組のもんだ。正直に言えよ!」
「おめえが喧嘩を売ったんだな」
警察や検察の取調べはこんなもんです。
先入観で、最初にシナリオを作り調書を作るのです。
母親思いの須藤は調書に署名させられます。
検察は、署名しないと母親にも影響すると脅すのです。
結局、須藤は障害で3年半の刑となり、猿の惑星に送られた。
相手の若い数人は不起訴です。
これが日本の司法です。
須藤が彫師になったのは、剣道が関係しているようです。
話によると侠気を感じたようです。
剣道イコール侠気ですか。
わかる気もしますが、わかりません。
3年ほどで仮出所した須藤は母親と生活を始めます。
仕事は、以前の彫師の店です。
師匠は、須藤の侠気を一番わかっていますので何も言いません。
35歳で、師匠の勧めもあり、33歳になる娘と結婚しました。
感心なことに母親と同居してくれるのです。
須藤には過ぎた女房です。
事件から10年たったある日、相手の数人のうちの一人が客としてやってきます。
須藤は顔を忘れません。
相手は須藤の顔を見るやいなや驚きます。
そして、
「てめえ」というや否やドスを抜きます。
それを見ていた師匠が、
何も言わずに、顔をぶん殴ります。
男は立ち上がると、今度は師匠をめがけてドスを振り回して来ます。
60を過ぎているだろう師匠は、軽くいなして、
今度は倒れた男の馬乗りになり、
2発、3発と殴りつけます。
それを見ていた、師匠に刺青をいれて貰っていた客の男が起き上がり、
師匠の方を叩き、男から離すと、
今度は、その男が倒れている30過ぎの男を、強引に立ち上がらせて入り口のドアを開けると、
足で強く蹴って外へ放り出します。
そして男は、師匠と奥の部屋に入っていきます。
小心な須藤は、これからどうなるのだろうと、
胸の鼓動が大きく波打っているのが怖いようにわかります。
どうにも止められません。
師匠はどうなるのだろう。
そして俺はどうなるのだろう。
時間が、止まったようです。
呆然と立ち尽くしています。
どのくらいたったかわかりません。
男と師匠が出てきました。
ふたりとも厳しい顔をしています。
男が店を出ると、師匠は須藤に言いました。
「心配するな」
「今日は、もう帰れ」
須藤が黙って立ちすくんでいると、
「店は俺が締めるから、もう帰れ」と今度は切れるような声で言います。
我に帰った須藤は、
「はい」というのが精一杯です。
それでも須藤が店をしめる片付けを始めると、
「てめえ、帰れというのがわからないのか」とドスの効いた声が部屋中に響きます。
須藤は、師匠のこんな声を聞いたのは初めてです。
須藤はあわてて着替えもせずに店を飛び出そうとします。
追いかけるように師匠が声をかけます。
今度は優しい声で。
「すまんな」
「ご苦労さん」
須藤は、胸の鼓動が少し収まったのがわかりました。
「お先に失礼します」
と、須藤は店をあとにした。
数日後、組長と名乗る男が師匠のところにやって来ました。
奥の部屋でしばらく話をしていましたが、
帰り際、組長は須藤の前で最敬礼をして、
「ご迷惑をお掛けしました」
「落とし前はつけさせて頂きます」
というと、帰って行きました。
数日後、帰り際に師匠が、須藤を奥の部屋に呼び、
現金100万円の束を20個積んだ札束を須藤の前に差し出して、
「この金ですべて水に流してくれ」
とそう言うのです。
1年後、須藤に長男が生まれます。
そして郊外に小さな中古の一戸建てを購入しました。
一戸建ては母親の願いでもあったのです。
家を購入する資金は妻の実家が2000万円を出します。
もちろん須藤も母親も固辞しますが、聞き入れません。
実は、妻は、数人の仲間の一人の姉だったのです。
もともと資産家の娘だったのですが、
両親は公務員で父親は当時、県の部長職だったのです。
それで、警察に手を回し、息子たちの事件をもみ消したのです。
師匠から、この話を聞いた時、須藤はやりきれない気持ちです。
「おい、いい加減にしろよ」
「素直に貰ってやれよ」
「お前の女房はな、お前と結婚するとき、誰も貰ってくれるやつはいなかったんだ」
「死んでしまったけどな、あの組長の息子のな、情婦だったんだよ」
またも須藤は頭を殴られた思いでよろけそうだった。
師匠のドスの効いた声がでた。
「てめえ、これだけ言っても、聞いちゃくれねえのか」
須藤は
「わかりました」
と小さく答えたが涙があふれていた。
須藤には涙を止められなかった。
須藤の体には妻を強く抱きしめたい衝動が走っていた。
「なぜ、涙がでるんだ」
そう心で叫んだ気がするが、誰も答えてくれなかった。
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